大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成7年(ワ)13261号 判決

原告

光井小夜子こと

金小夜子

右訴訟代理人弁護士

井上直行

被告

玄山勇哲こと

玄勇哲

奥田晴一こと

玄晴一

被告ら訴訟代理人弁護士

竹岩憲爾

主文

一  被告玄山勇哲こと玄勇哲は、原告に対し、別紙物件目録一記載の建物を収去して同目録二記載の土地を明け渡せ。

二  被告玄山勇哲こと玄勇哲は、原告に対し、平成七年一二月三〇日から前項の建物収去土地明渡済みまで一か月金一万〇二六五円の割合による金員を支払え。

三  原告の被告奥田晴一こと玄晴一に対する訴えを却下する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告玄山勇哲こと玄勇哲に生じた費用を被告玄山勇哲こと玄勇哲の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告奥田晴一こと玄晴一に生じた費用を原告の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一及び二と同旨

2  被告奥田晴一こと玄晴一(以下、「被告晴一」という。)は、原告に対し、別紙物件目録一記載の建物(以下、「本件建物」という。)から退去して同目録二記載の土地(以下、「本件敷地部分」という。)を明け渡せ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

三  請求の趣旨に対する答弁

1  被告晴一の本案前の申立

(一) 主文三と同旨

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告らの本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告の兄金龍吉(以下、「龍吉」という。)は、昭和四七年一月地主である木村作三朗及び木村照枝から、右両名が共有する別紙物件目録三記載の土地(以下、これを「本件借地」という。)を建物所有の目的で借り受け(以下、「本件借地契約」、「本件借地権」という。)同土地の東半分の地上に別紙物件目録四記載の建物を所有してきた。

2  龍吉は、昭和四七年一月頃、被告晴一に対し、本件借地の西半分である本件敷地部分を転貸し(以下「本件転貸借契約」、「本件転借権」という。)、被告晴一は、同地上に本件建物を所有して、本件敷地部分を占有していた。

3  原告は、龍吉から本件借地権の譲渡を受けたうえ、あらためて平成二年一月六日木村作三朗の相続人木村とめ子及び木村照枝の相続人木村六郎との間に本件借地の賃貸借契約を締結し、賃借人の地位を取得するとともに、本件転貸借契約の転貸人の地位を龍吉から承継した。

4  被告晴一は、平成二年三月二九日、原告の承諾なしに、被告玄山勇哲こと玄勇哲(以下、「被告勇哲」という。)に対し、本件建物の所有権を移転し、真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記をして、本件転借権を同人に譲渡したことにより、信頼関係を著しく破壊した。

原告は、被告晴一に対し、平成五年六月二九日、本件転貸借契約の解除の意思表示をした。

5(一)  被告勇哲は、本件借地上に本件建物を所有し、本件借地の一部である本件敷地部分を不法に占有している。

(二)  右不法占有部分の賃料相当額は月一万〇二六五円を下らない。

(三)  被告晴一は、現在も本件建物に居住し、これにより本件借地の一部である本件敷地部分を不法に占有している。

よって、原告は、被告勇哲に対し、本件借地権に基き本件建物を収去し、本件敷地部分の明渡を請求するとともに、不当利得返還請求として訴状送達の日の翌日である平成七年一二月三〇日から本件建物を収去し本件敷地部分を明け渡すまで一ケ月金一万〇二六五円の割合による金員の支払を求め、被告晴一に対し本件借地権に基き本件建物から退去して本件敷地部分を明け渡すことを求める。

二  被告晴一の本案前の主張

1  原告は、被告晴一に対し、本件建物の収去と本件敷地部分の明渡及び損害金の支払いを求める訴訟(大阪地方裁判所平成二年(ワ)第二八六一号)を提起し、その控訴審(大阪高等裁判所平成四年(ネ)第二四三三号)は、原告の被告晴一に対する右請求を認容する判決を言い渡した。被告晴一は上告したが(最高裁判所平成七年(オ)第六六号)、上告は棄却されて、控訴審判決(以下、「本件確定判決」という。)は確定した。

2  本件訴は、本件確定判決を有する原告が、重ねて被告晴一に対し、右明渡を求めて訴を提起したものであって、訴の利益はない。したがって、原告の被告晴一に対する本件訴は却下されるべきである。

三  被告晴一の本案前の主張に対する原告の答弁

1  被告晴一の本案前の主張1は認め、同2は争う。

2(一)  本件確定判決は、土地賃貸借契約の終了(解除)に基き貸主である原告が借主である被告晴一に対し有する建物収去土地明渡請求(債権的請求権)を認めたものである。

これに対し、本件訴訟は、土地賃借権を有する原告が土地賃借権に基き建物占有者である被告に対し建物退去土地明渡を求めるものである。したがって、両者は別件であって、本件訴は訴の利益を欠くものではない。

(二)  被告晴一は、本件確定判決の確定前には本件建物に入居していなかった。ところが、本件確定判決の確定後に被告晴一は本件建物に入居し、かつ従業員を住まわせて占有を新たに開始した。

本件訴は、右占有を排除するため建物退去土地明渡を求めるものであるから、訴の利益を欠くことはない。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3は不知。

3  同4は、被告晴一が被告勇哲に対し平成二年三月二九日本件建物につき真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記をしたことは認め、その余は争う。

4(一)  同5(一)は、被告勇哲が、本件建物を所有していることは認めるが、その余は争う。

(二)  同5(二)は不知。

(三)  同5(三)は、被告晴一が本件建物に居住していることは認め、その余は争う。

理由

一  被告晴一の本案前の申立について

1  原告が、被告晴一に対し、本件建物の収去と本件敷地部分の明渡及び損害金の支払いを求める訴訟(大阪地方裁判所平成二年(ワ)第二八六一号)を提起したこと、その控訴審(大阪高等裁判所平成四年(ネ)第二四三三号)は、原告の被告晴一に対する右請求を認容する判決を言い渡し、被告晴一は上告したが(最高裁判所平成七年(オ)第六六号)、上告は棄却されて、控訴審判決(以下、「本件確定判決」という。)が確定したことは当事者間に争いがない。

2 建物収去土地明渡の債務名義によって、建物退去土地明渡の執行ができるるか否かについて検討する。

(一) 建物収去土地明渡の債務名義は土地を占有する権原を有しない者が土地上に所有する建物の排除を命ずるものであり、建物退去土地明渡の債務名義は土地を占有する権原を有しない者が建物内に居住することによってその敷地である土地を占有するのを排除するため、建物からの退去を命ずるものである。そして、両者はその執行方法を異にするのみならず、建物所有者すなわち建物収去土地明渡の債務名義の執行債務者が当然に建物居住者すなわち建物退去土地明渡の債務名義の執行債務者であるわけではないのであるから、建物収去土地明渡の債務名義が概念上当然に建物退去土地明渡の債務名義を含むものということはできない。

そして、以上の理は、建物収去土地明渡請求或いは建物退去土地明渡請求が、土地所有権に基づく妨害排除請求としてなされる場合であっても、土地賃借権に基く妨害排除請求としてなされる場合であっても、何ら異なるところはない。

(二) ところで、建物所有者が建物内に居住する場合には、別個の検討が必要である。すなわち、建物所有者に対し建物収去土地明渡の請求をする場合、建物所有者以外の者が建物内に居住すれば、同人に対して併せて建物退去土地明渡の請求をするのでなければ、完全な土地明渡を実現することはできない。しかしながら、建物所有者が居住する場合には、建物収去土地明渡のほか、重ねて建物退去を求める必要はない。それは、このような場合の建物収去土地明渡は、その執行の過程において、居住している建物所有者の退去が当然に予想されており、建物所有者は建物収去の時期において建物を退去すべき義務があるからである。そして、このように解される以上、この場合の建物収去土地明渡の債務名義には建物退去土地明渡の債務名義も含まれていると解されるのである。

(三)  ところで、建物所有権が第三者に移転した場合には、従前の建物所有者に対する建物収去土地明渡の執行は不能となる。しかしながら、その場合であっても従前の建物所有者がなお建物に居住するときには、建物収去土地明渡の債務名義には建物退去土地明渡の債務名義も含まれていると解される以上、なお建物退去土地明渡の債務名義としての効力を有していると解されるのである。

3(一)(1) 原告は、本件確定判決は、土地賃貸借契約の終了(解除)に基き貸主である原告が借主である被告晴一に対し有する建物収去土地明渡請求権(債権的請求権)を認めたものであり、これに対し、本件訴は、土地賃借権を有する原告が土地賃借権に基き建物占有者である被告に対し建物退去土地明渡を求めるものであるから、両者は別件であって、本件訴は訴の利益を欠くものではないと主張する。

(2) しかしながら、本件確定判決による建物収去土地明渡の債務名義によって建物退去土地明渡の執行をなし得る以上新たに建物退去土地明渡の判決を求める利益はない。これは、前訴が土地賃貸借契約の終了(解除)に基く請求権であり、本訴が土地賃借権に基く妨害排除請求権であって、その法的性質が異なるとしても同じである。原告の右主張には理由がない。

(二)(1)  また、原告は、被告晴一は、本件確定判決の確定前には本件建物に入居していなかったが、本件確定判決の確定後に本件建物に入居し、かつ従業員を住まわせて占有を新たに開始したのであって、本件訴は、右占有を排除するため建物退去土地明渡を求めるものであるから、訴の利益を欠くことはないと主張する。

(2) しかしながら、被告晴一の占有に関しては、本件確定判決によってその排除の執行ができるのであり、また従業員の占有については当該従業員を相手方として別個に債務名義を取得しなければならないのであって、被告晴一に対する債務名義によって従業員に対して排除の執行ができるはずもないのである。したがって、原告の右主張にも理由がない。

4  以上によれば、結局被告晴一の本案前の申立には理由があり、被告晴一に対する本件訴は却下を免れない。

二  被告勇哲に対する請求について

1(一)  請求原因1、2は当事者間に争いがない。

(二)  弁論の全趣旨により成立の認められる甲第四号証及び成立に争いのない甲第五ないし第七号証によれば、請求原因3が認められる。

(三)  被告晴一が被告勇哲に対し平成二年三月二九日本件建物につき真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記をしたこと及び被告勇哲が本件建物を所有していることは当事者間に争いがない。

(四)  弁論の全趣旨により成立の認められる甲第四号証及び成立に争いのない甲第五ないし第七号証によれば、請求原因5(二)が認められる。

2  被告勇哲は、本件土地の使用権原については何ら主張立証をしない。

三  結論

以上によれば、原告の被告勇哲に対する請求は理由があるから認容し、被告晴一に対する請求は訴の利益がないから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官小見山進)

別紙物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例